1. HOME
  2. レポート
  3. 10月の水あび「14歳以上の人のための、現代美術のキホンのキ Vol.1(全4回)」レポート

REPORT

レポート

10月の水あび「14歳以上の人のための、現代美術のキホンのキ Vol.1(全4回)」レポート

 中学生でも分かるように現代美術史を語る10月の水あび「14歳以上の人のための、現代美術のキホンのキ Vol.1(全4回)」が、2023年10月18日夜、愛知県豊橋市の大豊商店街にある「みずのうえ文化センター」で行われました。今回は6人が参加し、現代美術史上問題作とされている便器の作品「泉」がもたらした芸術を取り巻く価値観の変革について学びました。

 このイベントの講師は、みずのえ文化センター実行委員長であり舞台映像作家の山田晋平さん。愛知大学文学部のメディア芸術専攻特任准教授も務めた経歴を持っています。

 

 山田さんはまず現代について、「僕の定義だと、そのとき生きている人の暮らしや考えていることが想像できるか、想像が及ぶ範囲が現代。それは産業革命のあたりに境界線がある気がしています。産業革命以前には工場がないので、ものを大量生産するシステムがありません。美術にとっても人間にとっても明らかに時代が変わったのは産業革命が大きかったはず」と説明しました。

 続いて、産業革命の結果として安価で粗悪な製品が大量生産されたことで、職人による手仕事の素晴らしさを復興させようとした運動「アーツ・アンド・クラフツ運動」を紹介。さらに、木を曲げる技術を開発したことで大量生産に成功した「トーネットチェア」や、アーツ・アンド・クラフツ運動の影響を受けて始まった芸術運動「アール・ヌーボー」などに触れながら、芸術を取り巻く環境が目まぐるしく変わっていた歴史を振り返りました。

 さて、ここからは本題の「ダダイズム」についてです。この運動が起こったのは、エジソンが電球を発明し、第1次世界大戦、世界恐慌があった時代。「ダダ」というのは、諸説ありますが、赤ちゃんが最初に発する言葉「ダダ」からきています。第1次世界大戦に影響を受け永世中立国であるスイスに亡命したヨーロッパの人たちが、「荒れ果てた不幸せな世界で何もかもやめて、赤ちゃんになってゼロからやり直そうという気概で始めた活動」と説明します。

 これまでの美術の価値観をすべて否定し、完全に自由に何ができるのかを考え始めたのがダダイズムの人たちでした。例えば、長いことヨーロッパでは絵画と彫刻が一番偉い芸術だとされていましたが、ダダイズムは絵画とも彫刻とも言えないオブジェを作ったり、できるだけ作らずコラージュをやってみたりしました。

 ダダイズムを語るのに最も重要な作品「泉」の出品者である現代アートの父「マルセル・デュシャン」(1887ー1968)。フランス生まれのデュシャンは、パリで買ってきたガラス製のアンプルやシャベル、ボトルラックなどの既製品にタイトルをつけてレディメイドシリーズとして作品化。そんなデュシャン自身も、実行委員会のメンバーだったニューヨークのアンデパンダン展に男性用の小便器にサインしたレディメイド作品「泉」を偽名を使って出品。その展覧会は、6㌦払えば誰の作品でも展示する、自由な展覧会をうたっていましたが、委員会が小便器の展示を拒否しました。そのことをデュシャンが雑誌で告発、論争が起こりました。

 山田さんは「この作品が拒否されたことにより、芸術とは何なのかが誰も分からなくなった。騒動になったことで、芸術とは何か全員がゼロから考え直さないといけなくなったというのが、この作品が起こした価値観の転倒だったと言える」と話します。

 続いて、「デュシャンは、芸術とは何をもってして芸術になるのかをどんどんそぎ落として、何だったら芸術ではなくなれるのかを問い続けた。便器がデュシャンの作品だと分かった途端に誰もが評価し始めることで、純粋に作品を味わうことはないということを証明した。誰が作っているのか、どう評価されている人なのか、なぜ作ったのか、そういうことの方が作品そのものよりも大事ではないか、ということを証明した」と言います。

 「結局、芸術は素晴らしい、自由と言っているが、全然そんなことなくて、あなたたちは作品以外のことをありがたがっているだけだということを突きつけたのが便器だったというのは、美術業界に対する痛快なワンパンチだった」と山田さん。

 

 後半は、「未来派」についてです。ダダイズムは、「産業革命が起きて工業化していく世界の中で歪みが生まれ、とにかく一旦全部否定して、何も肯定せずに作品作りを始めるというパンク」で、一方、未来派は「我々の世界にやってきつつある工業化社会を肯定しますという人たち」と説明しました。

 未来派の最も有名な絵画「鎖につながれた犬のダイナミズム」(1912年、ジャコモ・バッラ作)をスクリーンに映しながら、「スピード感を絵画に平面化することに初めて取り組んだのは未来派。かなりの発明の連続だったのではないか」と話します。日本でも、漫画家・赤塚不二夫の漫画にあるスピードを表現する技法など、「特に漫画家はかなり恩恵を受けているのでは」と話し、漫画やテクノミュージックなど、現在のカルチャーの中にある未来派の片鱗についても触れました。 

 未来派は、絵画のモチーフとして機械や歯車を描いていました。「工場や機械といった当時の人々が美しいと思っていなかったものになんとか美しさを見出そうとしたというところが面白い。それだけ言うと人間味に欠ける直線的な機械的な作品が出てきそうなところだけれど、犬を描いてみたり、人の体に興味があったりと、人間味に欠けるような、でも人間臭いようなところがあり、その矛盾した感じが面白い」と山田さん。

 一方で、思想的には戦争賛美や女性蔑視などの問題があり、「だからこそ結構長いこと美術史でも評価されてこなかった。第2次世界大戦が終わったあと、しばらくして再発見された人たち」と言います。

 最後にドイツの電子音楽グループ「クラフトワーク」の映像を流しながら、「未来派が再発見された背景には、テクノミュージックが大きく関わっている気がします。ギターやドラムなど実際の楽器の響きはいらない、電子的に音を作り、新しい音楽を創るんだというのがクラフトワークなどの全く楽器を使わない電気音楽。その考え方は未来派の人たちの考え方と近いものがある。このクラフトワークの音楽がかっこいいと思う感性はありませんか?」と参加者に語りかけ、現代美術史の授業を締めくくりました。