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11月の水あび「わたしの愛おしい場所~喫茶・おやつ編~」レポート

 旅や散歩、お菓子に手土産、クラシック建築などを主な題材に、全国で活躍されている文筆家の甲斐みのりさんを招いたトークイベントが2023年11月4日(土)、愛知県豊橋市の大豊商店街にある「みずのうえ文化センター」で行われました。

11月の水あび「わたしの愛おしい場所―喫茶・おやつ編」と題したイベントには、東三河だけでなく岡崎や名古屋、浜松などから約30人が参加し、甲斐さんから語られる長年愛され続けてきた豊橋駅前の老舗の建築やレトロな内装、心惹かれる名品たちに心踊らせました。

まずは、講師のご紹介

甲斐 みのり Kai Minori

文筆家。静岡県生まれ。日本文藝家協会会員。大阪芸術大学文芸学科卒業。旅、散歩、お菓子、地元パン、手みやげ、クラシックホテルや建築、雑貨や暮らしなどを主な題材に、書籍、雑誌、webなどに執筆。食・店・風景・人、その土地ならではの魅力を再発見するのが得意。

 この日は、主催するみずのうえ文化センター実行委員会のメンバーで、フリーペーパー「愛される名店」企画執筆の竹本甲歩(豊橋在住)とともに語りました。トークに登場したお菓子の試食タイムもありました。


 甲斐:豊橋は取材で言うと、書籍「なごやのたからもの」制作時に豊橋出身のスタッフさんがいて、「どうしても豊橋も載せたい!」ということで、名古屋から足を延ばして豊橋のコーナーをつくりました。また、「東海道新幹線 各駅停車の旅」や中部電力の「交流Style」という広報誌でも取材し、何度も訪れています。新刊「朝おやつ」の出版元のミルブックス代表も豊橋出身なので、ご縁を感じます。

 竹本:甲斐さんと私の豊橋でのご縁は、1年前くらいに「交流Style」の取材後に、「おでんしゃ」(豊橋鉄道市内線の冬のイベント電車)に乗ったことがきっかけでした。

 甲斐:おでんしゃに乗るのが夢でした。仲のいい小説家チームにずっとおでんしゃについて熱弁していたら、「みんなで乗ろう!」となりまして。ただ、なかなか予約をとるのが難しかったので、豊橋の方にお願いして予約をとっていただきました。ダジャレの感じもすごく素敵ですし、きらびやかな動く居酒屋みたいな電車が街を走るのも好きです。おでんを食べて体も温まるんですよ。私はやらなかったんですが、おでんの汁と日本酒を舐めて飲むのも勧められて。そういった思い出も含めて、すごく楽しかったです。運動公園前の電停でみんな一斉にトイレに走ったりとか、「こんなに愉快な電車が走っている街って最高!」と思いました。

 

 前半はまず、2人のお気に入りの豊橋のお店を紹介します。

 甲斐:私はパンが好きで、「日本全国 地元パン」という本を出しているんですが、「コンドーパン」(南栄町)はすごくお気に入りです。このお店が面白いのは、店内で高校生が勉強しているところ。パン屋さんで高校生が勉強するなんて、日本中でいろんなパン屋さんに行っていますが、見たことがないです。ずっと当たり前に続いてきているのでしょうけれど、素晴らしい風景だなと思って。地元の方にとっては見慣れたいつもの風景かもしれないけれど、私は胸を打たれるものがありました。あと、珍しいのが、全国的にはメロンパンと呼ばれるパンに、レモンパンという名前が付いているところ。名古屋の「中屋パン」さんもレモンパンと呼ぶんですが、コンドーパンにもその名前がついている。これも独特なものかなと思っています。また豊橋市民にはおなじみでコンドーパンでも販売している中央牛乳にも触れておきたいです。コンドーパンの外観の赤と中央牛乳のパッケージの青のコントラストが可愛いと思っていて。以前はパンと牛乳を購入して、駅のベンチで食べました。豊橋駅から豊鉄渥美線に乗り換えて(南栄まで)小旅行気分が味わえるのでぜひ。

 竹本:今朝、レモンパンゲットチャレンジをしてきたんですが、「菓子パンは10時からです」と言われて、ゲットなりませんでした。

 甲斐:愛知以外の地域では、メロンパンスタイルのパンをレモンパンと呼んでいるところを見かけなくって。中屋パンさんに聞いても、理由は分かりませんでした。地元パンって答えがないことが多くて。どこかの店がその名前を付け始めて、周りもその名前で売り出した、というパターンがわりと多い。このレモンパンも愛知とか豊橋独特のものかなと、自慢に思ってください。

 竹本:私の方からは「千賀商店」(前田中町)さんという豆菓子屋を紹介させてください。市内をメインにスーパーなどで販売されていましたが、10年くらい前に全国へ市場を変えて、現在、市内での販売は佐藤三丁目の工場直売所と前田中町の本店の2店舗プラスαくらいと、ごくわずか。現在、3代目から4代目に代替わりしつつありますが、老舗として、昔から変わらない商品を守り続けるというよりは、どんどん新しいものを開発していく攻めの姿勢が強い印象で、「老舗界のベンチャー企業」と呼んでいます。毎年6種類くらい新作が出されています。最近ではグルテンフリーの商品を作りたいということで新しく機械も導入されると伺いました。

 

 続いて、愛される名店3店舗について2人が語ります。まずは、「ボン千賀」(駅前大通1)について。

 1912年創業のボン千賀。豊橋駅から徒歩10分ほどの駅前大通りに位置している。レトロパッケージの通称「レトロパン」が全国的に有名。初代が菓子の卸業として開業し、2代目の夫婦により、1981年よりオレンジを基調とした内装に。現在は3代目が店を守っている。

 甲斐:2010年に取材して以降、私はボン千賀推し。ご主人から、「甲斐さんの本に載ってから、若い子たちに写真を撮らせてくださいとか、可愛いもの好きの友達へのおみやげにしますと言われる。今まで地元の人しか来ない店だったのが、全国から自分たちの店を目指して来てくれるようになった」と言っていただきました。今、インスタを見ると、店先や喫茶スペースでステキな写真を撮っている方がすごくたくさんいて、豊橋屈指の撮影スポットになっていますね。昔ながらの建物や、レトロな雰囲気が残っているお店はとても貴重な存在なので、大事にしてほしいなと思っています。こういうお店が今どんどん、日本全国でなくなってきています。ぜひ自慢に思って、豊橋土産として、どこかに持っていってもいいんじゃないかなと。

 竹本:レトロパンは入荷が不定期だそうなので、事前に電話で問い合わせしてもらえるといいかもと店主さんが仰っていました。またボン千賀には、東三河で数軒しか作っていない「デセール」というレモンクッキーもあります。こちらも、中央牛乳と一緒に食べるのがおすすめです。

 

 続いて、「マッターホーン本店」(松葉町)。

 

 1974年に創業して、現在は2代目が切り盛りしている。豊橋駅から徒歩15分ほど。ドリンクを頼むとケーキがついてくるケーキモーニングが人気。初代は、ブラックサンダーでお馴染みの有楽製菓を営んでいた叔父の勧めで製菓の道へ。東京の東京学芸大学前にある「マッターホーン」で修行。その後スイスへ単身渡り、現地の洋菓子学校でチョコやアイスを学ぶ。そのままワーキングビザを取得して、バーセル市のギルゲン製菓店やフランスのカプリス菓子店といった、現地の有名な老舗菓子店で修行。帰国後、東京のマッターホーンからのれん分けして、豊橋に店をオープンした。

 甲斐:「朝おやつ」という先月に出た新刊本の中で、マッターホーンのバウムクーヘンについて書いています。東京学芸大学前にある「マッターホーン」のバウムクーヘンはかなりの人気でなかなか購入できないけれど、豊橋ならば東京より買いやすいですね。「ダミエ」という市松模様が特徴的なケーキも両店にありますが、同じ名前でも、ちょっとずつ違っていて個性があって良いです。自分がどちらが好きか食べ比べてもいい。東京は鈴木信太郎さんという画家が包装紙の絵を書いているんですが、豊橋の動物の絵もすごく可愛い。

 竹本:ちなみに最近、道の駅とよはしと共同開発して、ダミエに使用されているバタークリームが「マッターホーンのおすそわけバタークリーム」として販売されています。また、1代目は学芸大学前で修行された後に、有楽製菓でチョコレートを開発したという経緯の持ち主で、チョコレートも隠れた名品です。代替わりした今も、チョコレートは1代目が作り続けているそうです。

 

 3店舗目は和菓子「若松園」(札木町)。

 

 江戸時代創業。東海道に面しており、当時から「特別なお菓子屋」として街の人には知られる存在だった。現在に至るまで100年以上にわたり、豊川市の豊川稲荷に菓子を献上している。日露戦争では、ロシア兵捕虜のためにアイスクリームやサイダーを製造、開発。終戦後には豊橋駅前と札木町に喫茶部を開業し、豊橋喫茶文化の先駆けとなった。

 甲斐:若松園の豊橋カルミア(駅ビル)店で私がよく買っていくのが、文豪・井上靖さんの名作「しろばんば」に登場する「黄色いゼリー」。作品の中では主人公・洪ちゃんが父の赴任先である豊橋を訪ねた時に食べており、「言葉でいくら説明しても、説明出来ないほどのおいしさ」と表現されています。もの書きをしていると、「言葉で言い表せないほど美味しい」とは絶対に書いてはいけないと言われることなんですが、井上先生がそこまで書くほどの、日向夏と甘夏が入っている上品なゼリーです。袋に入っていて、器に移してもいいけれど、そのままスプーンですくって食べても美味しい。あと、しっとりとした干菓子「ゆたかおこし」は、きなこと抹茶餡を包んで表面に千鳥を描いた、香ばしくてちょっと不思議な食感のお菓子です。紙袋も千鳥なんですが、私は千鳥のデザインのものが大好きで集めているので、このゆたかおこしも大好きなコレクションのひとつです。あとは、豊橋市の徽章である「ちぎり」を焼き印にしたおまんじゅうがあって、2つの三角形が縦にくっついているものなんですが、最初は横にしてリボン型で可愛いと思っていたら、それは縦で見ないといけないと教えてもらいました。この3つが好きなお菓子です。

 竹本:井上先生はたくさんの作品を世に残しているのですが、特定の店名というのは作品の中に登場したこともなければ、食べ物を褒めたこともあまりなかったということで、黄色いゼリーが唯一の品だそうです。作中で洪作少年が黄色いゼリーを食べたのが大正初頭だと思われるんですが、そのレシピは豊橋空襲で消失してしまいました。しかし、2007年に静岡県にある井上靖文学館より「生誕100周年の記念に」ということで復刻のオファーがあり、若松園さんは当初、恐れ多いと何度か断ったようですが、当時の館長の熱烈なオファーもあり、社長が試作を重ね、井上家の方にも高い評価を得たとのこと。今も井上家と交流があり、文通などされているとおっしゃっていました。また最近では、オーダーメイドの上生菓子や、ホールケーキを模した煉切り製の「和ケーキ」も人気で、イメージを伝えるとそのデザインを考えてオリジナルのものを作ってくださいます。今日は「薔薇」の上生菓子をオーダーして作っていただきました。

 

 おやつタイムには、マッターホーンのダミエと新刊本「朝おやつ」に登場するバームクーヘンが振る舞われました。

 

 後半のテーマは、秘密の喫茶店。取材がNGだったなどでメディアへの露出は少ないが、ここはいいぞという店について語ります。イベント前に甲斐さんが立ち寄ったという「鈴木珈琲店」(松葉町)からスタートです。

 

 甲斐:朝の時間帯に伺ったのですが、カウンター席は男性の1人客が占めていて、自分の時間を過ごしてるのがいいなと思いました。鈴木珈琲店さんは神戸のお店から豆を仕入れていて、深煎りの、ちょっと苦めのコーヒーがおいしかったです。『朝おやつ』の発行元であるミルブックス代表の藤原さんが「休日の朝は家族でモーニングを食べに行く習慣があった」と話してくれて、それが愛知カルチャーだそうで、静岡出身の私はそういうことがなく、高校卒業するまで地元ではほとんど喫茶店に行ったこともなくて。街中に喫茶店があるのがうらやましいです。もうなくなってしまいましたが、「喫茶 松葉」という喫茶店を取材した時に、一時期は豊橋に1000軒の喫茶店があったとおっしゃっていて、喫茶店に行くというのは豊橋らしい文化なんだなと思いました。

 

 続いては、「喫茶 フォルム」(松葉町)。

 

 甲斐:おでんしゃに乗った翌朝にモーニングを食べにいきました。10年以上前に取材をしたこともあるのですが、もともと、創業するときにマスターが話すのが苦手だからカウンターを作らなかったとおっしゃっていて、さらに自分も絵を描くから壁に絵を飾れるようにしたと言っていました。建築的にもすごく面白くて、石をたくさん使っていたり、今だったら直線にする壁に、わざと湾曲をつけていたりとか、細かいところにこだわりが詰まっているので、注目していただきたいです。

 竹本:フォルムさんはこの地域で活動していた建築集団・アトリエギルドという建築デザイナー・グラフィックデザイナー・写真家の御三方が手掛けられた最古の建築物と言われています。他の建築物として、「カフェ バロック」や「アンデルセンコーヒーハウス」などがあったんですが、ここ10年前後くらいで次々に閉店してしまって、ここは数少ない現存している建築作品なんじゃないかと言われています。喫茶フォルムの建築だけでなく、ペーパーアイテムとか照明や机など、全てを手掛けられていると伺っています。

 

 最後は「S(ホットケーキが有名な喫茶店)」(八丁通2)
(正式名ではなく「S」というイニシャル表記とさせていただきます)

 

 甲斐:こちらは店内撮影が不可で、なおかつ貼り紙が多い喫茶店です。長居することができず、子ども連れで訪れることもできません。ある書籍を執筆する際に数回通って取材交渉してもNG、一切取材を受けていないと思われます。現代はSNS普及もあり、飲食店では写真を撮ることに集中しがちなところがありますが、ここでは独自の空気が流れていて、注文して出てくるまでの時間に向き合い、モノが提供されたら食べることに向き合い、さっと店を出るという、貴重な「体験」ができます。ホットケーキはどれも芸術的な見た目をしているし、味も間違いありません。ただ、お店の雰囲気は人を選ぶと言えるでしょう。私は喫茶店に足を運ぶときは、店主の空気を読むことも好き。自分をどんどん店主の作り出す空気に合わせにいく、それを楽しむために行くのも良いと思っています。また、今はなくなってしまいましたが、「甘党トキワ」さんも好きでした。ずっとあると思っていた店がどんどんなくなっているので、あるうちに行っておかないと、いつまでもあると思うな、ではないですが…。店を閉めると分かると、とたんに混んだりするので本当に、行けるうちにぜひ通ってほしい。

 竹本:私も、今回参加者の皆さんにお配りしている冊子「まちなかをかみしめる」の取材をコロナ禍で延期している間に、あんみつをおばあちゃんが黙々と一人で作っている「岡女堂菓子司舗」さん、肉料理でおなじみ「光富久」さんなど複数店閉まってしまって、とても悲しかったです。

 

 ここからは食事編。

 

 甲斐:鈴木珈琲店のあとに、「スパゲッ亭チャオ本店」(広小路1)に行ってきました。チャオのスパゲッティにはSサイズがあって、私は「ミラノ」にしました。オープン前から行列ができていて、本当に愛されてるんだなと思いつつ、美味しくいただきました。店の作りもすごく雰囲気があっていい。お好み焼きの「伊勢路本店」(駅前大通1)さんも、豊橋の方は皆、行ったことがあるんじゃないでしょうか。蝶ネクタイをしたマスターが切り盛りするお店です。オープン当時、豊橋ではお好み焼きを「ごっつお焼き」と言っていて、安価なものとして見られていたので、自分が蝶ネクタイをして素敵なスタイルでお好み焼きを提供することによって価値あるものに上げようとし、その姿からマスターと呼ばれるようになったとか。「一杯のかけそば」のモデル説もありますよね。家族3人が来店し、一番シンプルなお好み焼きを子どもだけが食べていて、両親は子が食べるのを見ているだけ…という。そのご家族に声を掛けられなかったという心苦しい思い出があって、そこから児童養護施設へ何百枚もお好み焼きを振る舞うという、すごく気持ちのあるマスターなんです。あと「赤のれん」(花田一番町)は、おでんしゃに乗るときに、ここの餃子をテイクアウトして持ち込んだら、電車の中がニンニク臭で包まれてしまった思い出があります(笑)。ひっきりなしに持ち帰りの方が来店して、すごく愛されているお店なんだなと思いました。

 

 2時間に渡るトークイベントも終盤。

 

 甲斐:いいお店がまだまだ豊橋にはあります。暮らしている方はなんとも思わないかもしれませんが、通りを歩いているだけで、面白い建築や看板とかがたくさん残っていて、味のある店構えをしている店とか、やっていない店でも味があったり、ビルも残っていたりして、すごく楽しい。豊橋も車で生活をされる方が多いので、まちなかを改めて歩いてみるのも良いのではと思います。